〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓 2003年4月21日
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◆◆◆ 日経MJに見るマーケティングの戦略・戦術 83号 ◆◆◆
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月曜日は、データから考えてみましょう(^.^)。
〜〜〜【先週の日経MJから、データを読む】〜〜〜
近視眼的にモノを見ると失敗する。
制約条件は取り外して考えよう。
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━━━━━━━━━━━━━ 2003年4月15日付日経MJより ━━━
??? 先週の注目データ(火曜日13面です)
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■スクリーンの数 《日本映画製作者連盟(映連)》
(2002年12月末時点)
日本の総スクリーン数 2,635
うち、シネコンのスクリーン数 1,396
今や過半数をシネコンが占めている。
■本格的なシネコンの登場は、1993年のワーナー・マイカル・シネマズ
海老名の開業と言われており、今年は日本にシネコンが登場して10年と
いう節目の年だ。
■シネコンは大都市郊外の人口増加地域に建設されており、「顧客のい
るところに出店する」という戦略の王道に基づいている。これらから、
シネコンは従来の映画館とは「業態」が異なると言える。シネコンが、
日本の映画界に流通革命を起こした。
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この数字をどう見る?
●映画産業の話といえば、レビット博士のマーケティング・マイオピア
(近視眼)論を思い出します。確かこんな説でした。
●「1960年前後、テレビが普及し始めた頃に、アメリカの映画産業は顧
客をテレビに奪われないよう2つの政策をとった。『大作主義』と『敵
視主義』だ。『大作主義』とは、高い技術、良い俳優を使って大作映画
を作ればお客はテレビを見ずに、映画館に足を運ぶはずという考え方。
●『敵視主義』とは、テレビは敵だと考えて、一切映画俳優を貸さない
作戦。結局映画産業は、映画にこだわった結果、斜陽産業となった。テ
レビは映画俳優を貸してもらえなかったので、自前で俳優を育て、良い
テレビドラマを作るようになり、発展した。
●映画産業は、こうすべきだった。映画産業でなく、『娯楽提供業』と
自らを定義し、映画館を当時はやり始めたボーリング場などに転換すべ
きだった。また、テレビを敵視せず、販路の一つと位置付け、映画を売
ればよかったと。それを阻んだのが、全国の映画館網で、映画館として
の生計を立てさせようと考えたことが、制約条件となってしまった。」
●ちょっと長くなりましたが、目先だけ考えると失敗しますよというこ
とです。長期的展望に立ったうえで、今どうすべきかを考えなさい、そ
して、制約条件は取り外して考えなさいとレビット博士は言ったのです
ね。日本の映画館は、これと同じ過ちを犯したようです。
●記事にはワーナー・マイカルが進出してくるまで、映画館に対する各
種規制、配給会社との商慣行、繁華街への固執等、これらの制約条件を
取り除くことができず、旧来型の映画館は没落していったという要旨で
書いてあります。
●これに似たことはどこの会社でも見られます。日産自動車がカルロス
ゴーン氏の社長就任で変わったことなどが典型ですが、他人の力を借り
ないと、さまざまなしがらみを打ち破れず変われない会社が少なくあり
ません。
●どうしても難しければ、外部の人間を利用して変えることも一つの手
です。しかし、その際、あくまでも主体は自分であることを忘れてはな
りません。他人に頼る気持ちがあれば、どんなに優れた外部機関を使っ
てもうまくいかないのです。そのスタンスを忘れないようにしましょう。
――――――――――――― 今日はここまで (^o^) ―――――――
■■■ちょっと一言
マーケティング・マイオピア論は、コンサルタントになりたての頃、繰
り返し勉強しました。結局「目先の売り上げ」の誘惑をいかにしりぞけ
るかがポイントになりますね。目先が取れても、長期的に売り上げを上
げられないと生き残れないですもんね。
うーん、やっぱりこれも「己との戦い」です。皆さんが何の誘惑と戦っ
ているかわかりませんが、それに勝ったら、きっと未来が開けるでしょ
う。よし、今日も油断せずに行こう! (^.^)
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